第101号〜(平成12年3月〜 )


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136号(平成29年3月)

「行ずることもなほかたし」考玉木興慈
道綽『安楽集』「勧信求往」の構造について福井順忍
鉄条網のなかの浄土真宗―日系アメリカ人強制収容所における仏教伝道―釋氏真澄
傾聴と聴聞と〜公開講座のアンケート調査から〜早島理

135号(平成29年3月)

西田哲学と親鸞思想(二)―純粋経験の多様性について―杉岡孝紀
善譲師の行信論研究―性海師『末灯鈔信行両一念章聴記』との比較より―伊藤雅玄
吉崎・山科本願寺参詣者の動向―宗教ツーリズムの視点から―南條了瑛
『教行信証』の核心―末世の論師親鸞聖人―延塚知道

134号(平成28年3月)

親鸞における憶念の解釈高田文英
特別養護老人ホームの利用者における宗教的ペイン打本弘祐
親鸞の化土観に関する一考察西村慶哉
日本仏教の社会倫理思想―新しい仏教観と日本仏教史観のために―島薗進
「自浄其意」ということ On 'sacittapariyodapa'早島理

133号(平成28年3月)

ヨーロッパの妙好人と「無対辞」の思想―ハーリー・ピーパー師の事績を通して―那須英勝
「主体的実践分析研究方法」の研究葛野洋明
西谷順誓の浄土真宗観内手弘太
曇鸞の『浄土論』註釈の意図溪英俊
Discourses on Birth in Modern Shin Buddhist Studies in Early 20th CenturyMitsuya Dake

132号(平成27年3月)

臨床宗教師研修の目的と特色鍋島直樹
三徳五悪段「第一悪」の一考察佐々木大悟
親鸞の表現に関する一考察―漢文訓読語及び和文語の使用から―能美潤史
伝道者としての真仏弟子―真仏弟子釈引文の解釈について―奥田桂ェ
親鸞聖人の漢字音に見られる諸相佐々木勇
アルフレッド・ブルーム博士の浄土真宗への貢献―社会性の視座から―藤原ワンドラ睦

131号(平成27年3月)

「如来と等し」の根拠としての第十七願理解について井上善幸
吉田松陰をめぐる真宗念仏者(一)―杉滝・楫取寿・大厳師を中心として―武田晋
存覚『女人往生聞書』における所引経論の一考察龍口恭子
『観経疏』における韋提希得忍について岡崎秀麿
親鸞の一乗思想における叡山教学の受容―源信『一乗要決』との関連を中心に―四夷法顕
カウンセリングから仏教への転換―気づきから目覚めへ―友久久雄

129・130合併号(平成26年3月)

源信和尚と親鸞聖人林智康
親鸞における不可思議の意義内藤知康
「真宗」はどう学問するか?廣田デニス
親鸞浄土教における善知識の問題(一)川添泰信
生きることの意味、物語をどう伝えるか田畑正久
東陽円月研究序説−青年期修学時代を中心とする伝記考証−龍渓章雄
真宗伝道における自信教人信の意義貴島信行
妙好人と智慧−柳宗悦「無対辞文化」が投げかけるもの−藤能成
親鸞における生死の出離(上)−「生死いづべきみち」の意義−鍋島直樹
実践真宗学における研究方法の研究葛野洋明
真宗他者論(一)−実践真宗学の原理としての〈他者〉−杉岡孝紀
親鸞の菩提心理解の一背景武田晋
『浄土三経往生文類』についての一考察−広略二本の相違を通して−殿内恒
往生一定と往生不定玉木興慈
「如来とひとし」という表現をめぐって井上善幸
法然『往生要集』釈書の研究−『料簡』・『略料簡』を中心に−高田文英
三業帰命説の伝統に関する一考察−「たすけたまへ」の発語と「改悔」−井上見淳
戦後における親鸞論と森龍吉の「真宗思想史」構想岩田真美
二河白道の譬喩の物語性山本浩信
『正像末法和讃』「国宝本」と「顕智本」の比較研究−『法事讃』との関連に注目して−稲田英真
『十住毘婆沙論』の難易二道思想についての一考察和隆道
Jodo Shinshu's Doctrinal Reflection on The Possibility of Cjildren Attaining Birth in the Pure Land(shoni ojo)Eisho Nasu
脳死臓器移植再考−イスタンブール宣言をめぐって−早島理

128号(平成25年3月)

親鸞における「仏智不思議」−「はからひ」とは何か−藤能成
煩悩成就と不断煩悩得涅槃玉木興慈
近世初期真宗教学の変貌−『私観子』からの考察−三浦真証
存覚における父母に対する報恩思想−『報恩記』を中心として−谷口智子
Freedom and Safe-guardedness in Shinran and HeideggerDennis HIROTA

127号(平成25年3月)

『教行信証』「証文類」引用文の所顕内藤知康
浄土真宗における伝道活動の実践的研究−統計調査・実地調査を踏まえて−葛野洋明
たすけたまへの浄土教井上見淳
十九世紀の真宗とキリスト教−自他認識をめぐって−岩田真美
『弥陀如来名号徳』の欠落箇所についての一考察塚本一真
記念講演「浄土教の本質」大田利生

126号(平成24年3月)

真宗歴代における祖師観の問題−蓮如を中心として−川添泰信
ビハーラ活動における真宗者の心理的配慮の一考察−仏教カウンセリングを手がかりに−吾勝常行
親鸞聖人の「諸仏等同」「便同弥勒」に関する説示について稲田英真
記念講演「大乗の至極−親鸞の自然法爾思想−」徳永道雄

125号(平成24年3月)

真宗伝道上の問題清岡隆文
江戸後期における高田教学の変遷−真淳の戒律論をめぐって−栗原直子
記念講演「現代における浄土教の課題」末木文美士

123・124合併号(平成23年3月)

浄土教における「不可思議」の語義大田利生
『御伝鈔』と覚如上人の伝道−東国門徒との関係−清岡隆文
道綽禅師と親鸞聖人林智康
「真仏土文類」における『論註』性功徳釈引意に対する一考察内藤知康
親鸞の時間性および自然思想の一考察−ハイデガーとの比較的観点から−デニス ヒロタ
真宗歴代における祖師観の問題−存覚を中心として−川添泰信
医療・福祉の現場で求められる「物語性」についての考察−人間に生まれた物語性−田畑正久
現代社会に巣食う虚無感を克服するために−妙好人の言行と仏智−(T)藤能成
仏教の宇宙観−須弥山世界と仏の慈悲鍋島直樹
妙好人輩出の宗教的社会機能−真宗の法座について−吾勝常行
宗教体験としての二河白道の譬喩杉岡孝紀
『略論安楽浄土義』の問題点について−「浄土」の使用例を中心として−原田哲了
真宗伝道の実践研究−国際伝道の実状から窺う−葛野洋明
『往生論註』の十念思想の一考察武田晋
『一念多念文意』の撰述意図に関する一考察−「異学・異解」の釈を手がかりに−殿内恒
『教行信証』における「金剛心」の意味(一)−引文を中心に−玉木興慈
「行文類」における『安楽集』の引用意図について井上善幸
懈慢界の解釈−『群疑論』とその後の展開−高田文英
『大阿弥陀経』における善男子・善女人佐々木大悟
THE PERSPECTIVE ON THE ENVIRONMENT IN PURE LAND BUDDHISMMitsuya Dake
現代アメリカ仏教徒の宗教観と真宗の伝道の課題−ピュー・フォーラム「全米宗教実勢調査」に学ぶ−那須英勝
寺院活動における諸要因の関係についての探索的研究−第9回宗勢基本調査の分析経過から−長岡岳澄

122号(平成22年3月)

『入出二門偈』における五念門行の主体について井上善幸
『略論安楽浄土義』の思想背景―仏智疑惑について高田文英
『浄土三経往生文類』に示される往生山崎淳大
Shin Buddhist Ecology: Grounded upon Tension between the Actual and IdealMitsuya Dake
記念講演「信の動態」安冨信哉

121号(平成22年3月)

中村久子の生死観と超越(上)鍋島直樹
なぜ、今、仏教が医療・看護・福祉の領域で求められているのか田畑正久
真宗教学史における来迎理解とその源泉井上見淳
The Concept of the Stage of Non-Retrogression(futaiten)in Genshin's Amidakyo-ryakki(Brief Notes on the Amida Sutra)Eisho Nasu
「愚禿釈親鸞の名のり」―ご流罪八百年を機縁として―浅井成海

119・120合併号(平成21年3月)

中国浄土教における教法表現矢田了章
『安心決定鈔』における「機法一体」の宗教経験武田龍精
中国浄土教と般舟三昧経大田利生
龍樹菩薩と親鸞聖人―『十住毘婆沙論』を中心として―林智康
親鸞の阿弥陀仏観内藤知康
前田慧雲の漢学塾修学時代―学問・思想形成過程をめぐる一考察―龍溪章雄
真宗伝道学方法論の考察―真宗教義と伝道学の方法―深川宣暢
浄土教における死と慈愛―ホスピスとビハーラの共通性と独自性(二)―鍋島直樹
「化身土巻」(本)の構造について―書誌的視座を中心として―武田晋
親鸞の宗教体験と表現(上)―いわゆる「三願転入」の意義―杉岡孝紀
『浄土文類聚鈔』の位置づけに関する一考察―「乃至一念」の解釈を契機として―殿内 恒
「信巻」真仏弟子釈についての一考察(二)―御自釈を中心に―玉木興慈
親鸞の行信一念理解について(二)―特に明恵『摧邪輪』の所説との関連をめぐって―井上善幸
『略論安樂浄土義』の性格について―「十念」の問題を中心にして―原田哲了
親鸞聖人の宿善観佐々木覚爾
迦才『浄土論』における弥陀化土説の意義松尾得晃
曇鸞教学における浄土観構築の論理佐々木義英

118号(平成20年3月)

法然浄土教思想における「菩提心」の概念(承前)武田龍精
「信巻」真仏弟子釈についての一考察―『安楽集』引文を中心に―玉木興慈
Relationality in Religious AwarenessJohn Ross Carter

117号(平成20年3月)

親鸞における伝道の意味矢田了章
前田慧雲の学問・思想形成過程をめぐる一考察―幼少年時代を中心として―龍溪章雄
Metaphors in ShinranTakanori Sugioka
鎌倉仏教と『教行信証』普賢晃壽

116号(平成19年3月)

縁起の生命倫理学―智慧と慈悲鍋島直樹
『教行証文類』にみる対外的姿勢―仏道としての枠組―殿内 恒
Notes on Shin Buddhism and Economic Growth in Premodern Japanese History: Can the Relationship be "Religiously" Interpreted?Galen Amstutz

115号(平成19年3月)

現世往生説の検討―上田義文博士の「親鸞の往生思想について」―内藤知康
真宗仏性論の一視点武田 晋
親鸞の行信一念理解について(一)―特に明恵『摧邪輪』の所説との関連をめぐって―井上善幸
これからの浄土真宗石田慶和

114号(平成18年3月)

『尊号真像銘文』における書誌学的問題点の整理普賢保之
親鸞思想における無碍の意味玉木興慈
二一世紀の視点からの仏教思想田中教照
How to Tackle Religious Diversity?-An Inquiry Into the Communicational Structures of the Early Sangha and King Asoka's Edicts-Martin Repp

113号(平成18年3月)

法然浄土教における三昧発得の問題川添泰信
真宗伝道における説教の研究―説教の構成について―深川宣暢
Truth as Dialogic Event and Authentic Life in ShinranDennis Hirota
Transmission Of Shinshu in AmericaSeigen H. Yamaoka

第111・112号合併号(平成17年3月)
寺川幽芳教授定年退職記念特集號−日本文化と浄土教―

日本人の宗教意識と浄土教寺川幽芳
蓮如における機根観の教学史的考察矢田了章
日本浄土教における「菩提心」の思想的展開(四)―特に善導・源信・法然・親鸞の浄土教思想に基づいて―武田龍精
道綽浄土教の研究―浄土観を中心として―大田利生
「三帖和讃」の撰述林 智康
「一つところへまゐりあふ」と日本的心情―芥川龍之介の『おぎん』を題材として―内藤知康
「高輪仏教大学廃止運動」関係史料の再考―『教界時事』の史料的価値の再認識と反対運動の実態解明―龍溪章雄
曇鸞教学の伝道的性格―『往生論註』の譬喩をめぐって―深川宣暢
真宗における「いのり」の意義―法然、親鸞の用例を通して―普賢保之
浄土教における死と慈愛―ホスピスとビハーラの共通性と独自性(一)―鍋島直樹
「行巻」の構造について―書誌的視点を中心として―武田 晋
親鸞における「海」のメタファー杉岡孝紀
『末法灯明記』の意義についての一考察―親鸞の引用態度を中心に―殿内 恒
親鸞思想における疑蓋の意味玉木興慈
親鸞の「摂取心光」理解について井上善幸
日本浄土教における行業論の展開浅井成海
韓国浄土教における浄土教義研究の歴史と現状康 東均
From Kyodanshi to Internationalized Comparative Social History: An Example from Reading Peter Burke on "Popular"CultureGalen Amstutz
How to Ascertain One's Birth into the Pure Land? −An Investigation into Developments during the Heian and Kamakura Periods−Martin Repp
The pure Land, the Finitude of Human Existence, and Dialogical EngagementDennis Hirota

第109・110合併号(平成16年3月)
浅井成海教授 定年退職記念特集號−浄土教思想の研究−

慈慧大師良源の浄土教 ― 四十八願の解釈をめぐって ―浅井成海
日本浄土教の画期をめぐって寺川幽芳
親鸞における罪悪の意味矢田了章
聞信義相(下) − 「真宗百論題」の研究 −武田龍精
略論安楽浄土義の一考察大田利生
『愚禿鈔』と『観経疏』三心釈林 智康
浄土三部経における往生思想内藤知康
金子大栄研究ノート −少年期修学歴をめぐる諸問題 −龍溪章雄
唱導家・聖覚と親鸞深川宣暢
仏教生命観の特質 −縁起思想の意義−鍋島直樹
親鸞における「浄土真実」と「浄土方便」の構想嵩 満也
『阿弥陀経』の意義についての一考察殿内 恒
「自然」概念の再検討杉岡孝紀
親鸞思想における「常行大悲」の意味玉木興慈
法然と親鸞の『観経』三心観武田 晋
親鸞の如来観普賢保之
真宗聞法学の一考察 −人間尊重のアプローチ(P・C・A)を契機として −吾勝常行
證空における救いの構造 −行門、観門、弘願を中心として − 前田壽雄
〈真宗伝道史〉研究・序説高山秀嗣
無我と他力瓜生津隆真
The Visions of Vaideh\={\i}: Transformative Symbolism in a Visualization PracticeRichard K. Payne

第108号(平成15年3月)

良源の浄土教(一) ― 『極楽浄土九品往生義』を中心として ―浅井成海
浄土教における浄土観の展開大田利生
真宗教学における五逆・謗法・一闡提の位置づけ内藤知康
【記念講演】私の中の親鸞西村惠信
アメリカにおける仏教・浄土真宗の魅力那須英勝

第107号(平成15年1月)

真実教の形而上学(上) ―親鸞「組織真宗学」原論における「教」の哲学―武田龍精
存覚の念仏往生説普賢保之
親鸞の十念思想岡 亮二
情意の世界としての宗教 ―影現する法蔵菩薩―長谷正當

第105・106合併号(平成14年3月)
岡 亮二教授・山田行雄教授 定年退職記念特集號−親鸞思想の研究−

題言浅井成海
岡 亮二教授略歴並主要論文著述目録 
山田行雄教授略歴並主要論文著述目録 
親鸞における信の構造岡 亮二
往生論註における阿弥陀仏論山田行雄
親鸞聖人の悲歎に表れる伝道的立場徳永道雄
親鸞の現世利益観浅井成海
親鸞の宗教的人格形成と聖徳太子寺川幽芳
親鸞における「十方衆生」の意味矢田了章
教行信証の哲学
−親鸞の「組織真宗学」序説−
武田龍精
親鸞と華厳経大田利生
『教行信証』と『尊号真像銘文』林 智康
「信文類」逆謗除取釈についての一考察内藤知康
真宗伝道論の研究
−近世真宗の伝道−
川添泰信
親鸞教学における伝道の今日的課題と可能性深川宣暢
親鸞における生死の現実鍋島直樹
六字釈の一考察
−岡 亮二師の所説を縁として−
杉岡孝紀
親鸞の善知識観武田 晋
第十九願についての一考察殿内 恒
念仏往生の意義普賢保之
親鸞の獲信過程
−「破綻」と「出逢い」−
貫名 譲
親鸞の「はからい」考玉木興慈

第104号(平成13年3月)

浄土真宗における視聴覚伝道の源流寺川幽芳
悪人正機説と法然の立場矢田了章
<記念講演>
初期浄土真宗と東国門徒今井雅晴

第103号(平成13年1月)

無量寿経の生因思想(上)岡 亮二
縁起の生命倫理学
 ―人クローンに関する浄土真宗からの一考察―
鍋島直樹
真仏弟子釈の一背景武田 晋

第102号(平成12年3月)

真宗における伝道教材の研究
―『叢林集』と『考信録』―
深川宣暢
真宗における第十一願の意義殿内 恒
<記念講演>
自然―ゲーテと親鸞芦津丈夫

第101号(平成12年3月)

親鸞聖人の主体的表明における伝道的立場徳永道雄
親鸞における言葉
―解釈学的研究の基本的視座―
杉岡孝紀
夢告にみる親鸞の宗教性朝倉昌紀
<記念講演>
法然浄土教と親鸞浄土教高橋弘次